あらすじ
WINGSファンの少年・悠馬は物販ブースでペンライトが買えず、消沈していた。すると突然、警備員に引き留められる。
えっ、何、おれ危険物とか持ってないですよ!!
「君、ペンライト欲しいんでしょ。おじさん持ってるよ、あげようか?」
閑話休題。夏フェス警備担当【警備会社mobkei】のお話です。
著者 滝沢晴 twitter/takitakihare
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四条優馬は、「はぁあ」と漫画のように大きなため息をついた。背中を丸めているため、公称一七〇センチのさほど高いとは言えない背が、さらにちんまりとなる。
「買えなかった、WINGSのペンライト……」
かなり早い時間に物販ブースに並んだつもりだったのに、早々に売り切れてしまった。なんとかタオルだけは買えたのだが。
Bサマーロックフェスのために、いや、出演するWINGSを見るために、十七歳のなけなしの小遣いを貯めてやってきたのに。尊敬するの同バンドのキーボード今西光に近づきたいと、校則違反覚悟で髪を彼と同じ色に染め上げて来たというのに。ライブで振るためのペンライトが手に入らなかった。
ペンライトとは光る棒状のグッズで、持ち手のボタンを切り替えると色が変わる。ライブ中、曲に合わせて観客が振るのだ。WINGSのロゴが入ったペンライトは、ステージから光にアピールするためにも、その後の思い出のためにも、どうしても手に入れたかった。
優馬は会場の場所取りもうまくいかず、前の方には行けなかった。ライブを楽しみに待ちながらも、周囲のファンたちが持っているペンライトがうらやましくて、文字通り指をくわえて見てしまっていた。正午のWINGSのステージまで残り四十分。
とんとん、と指で肩を叩かれる。振り向くと、警備員の小太りおじさんが立っていた。水色のワイシャツに白い手袋、かぶっているキャップには「MobKei」と書かれいる。警備会社から派遣された人のようだ。
「何でしょうか、おれ危険物とか持ってないですよ」
優馬は後ろめたいこともないのにうろたえた。すると警備のおじさんは首を振った。
「君、ペンライト欲しいんでしょ」
えっ、と大きな声を出してしまう、なぜバレたのだろう。
「さっきから、周りのペンライトばかり気にしてるからさ」
顔に出しすぎていてバレバレだったのだ。しかし、だから何なのだ。優馬はぷいと警備から顔を背けた。
「おじさん、持ってるよ。あげようか?」
えっ、と先ほどより大きな声を出してしまう。
警備のおじさんは説明した。物販のスタッフに頼んで事前に手に入れたこと。本当はWINGSボーカルの相羽勝行のペンライトが欲しかったが、スタッフがキーボードの今西光の分までそれぞれ手配してくれたこと――。
「その髪型、光くんファンなんでしょ、美少年だよねえ、光くん」
優馬は少しむっとして言い返す。
「俺は顔がイイからリスペクトしてるんじゃないです、彼らの音楽性が――」
語ろうとすると、警備のおじさんが遮るようにうなずいた。
「うんうん、そうだね。でもおじさんは勝行くんファンだから、光くんのペンライト、君にあげるよ」
「ほ、本当ですか!」」
じっとりと脂っぽい汗をかいた汚いおじさんだな、などと思って申し訳ない、と優馬は心の中で謝罪した。
「おじさんのテントまで取りに行こう」
警備のおじさんは、優馬の手を取った。
「えっ、でも俺一人できてて場所取り――」
「大丈夫、おじさん警備員だよ? ペンライト取ったら最前列のほうに案内してあげる」
それを聞いた優馬はのぼせ上がった。おじさんの手を逆に引っ張り「おじさん、はやくはやく」とせかす。
「もう、せっかちな子だなあ。慌てなくてもペンライトもおじさんも逃げないよ……」
【続きはアンソロジーにて】
原作:モブおじ無双(同人誌)