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SS『傍にいて』

※未来ネタバレ注意

※時期/大人編(孤独のオアシスより ワンマンライブの2か月前)

「電話」が嫌いな今西光の、些細な理由。


**

受話器の向こう側から、怒りを通り越して呆れかえったような声が聴こえてきた。

『お前……病院抜け出した? 一人で勝手に帰ったらダメだろ、みんなが心配する』
「……かつゆき、今どこ」
『なあ光、人の話聞いてる?』
「……んー……」

気のない返事しか返さないけれど、わざとではない。スマホの受話器を耳にあてることすら、腕がだるくて億劫だった。

スピーカーをオンにすれば、置いたまま話せるという機能を割と最近知ったばかり。自分の自宅ベッドの上にスマホを投げ出し、その隣に寝ころんだ状態で、光はじっとスマホの画面を見つめていた。

そこから聴こえてくる声の主は、現在とんでもなく多忙だ。憧れていた大きな会場でのライブ実現が決まり、CDアルバム制作も本格スタートした今、彼はメディア出演からステージ演出、スタッフとのやりとりから自曲編集作業の何から何まで全部一手に引き受け、毎日駆けずり回っている。本業は大学生だというのに、授業に行く暇すらなさそうだ。できれば自分も現場に出て彼の負担を少しでも減らしてやりたいのだが、体力がみじんもない。むしろ無理をして倒れては病院送りの繰り返しで、かえって足手まといになるばかりの日々だった。

それでも自宅マンションに一人這いずるように戻ってきた。

病室の、無機質な機械音しかない空間が果てしなく怖い。毎日必ず会いに来ると分かっていても、独りあそこで待つことが辛かったのだ。

この時期、うっすらと雪化粧がかかった中庭の芝生もいつまでも地面が湿っていて、寝転がって愉しむスペースなどない。屋外のベンチで冷たい風に吹かれてぼうっとしていたら、速攻で看護師に見つかり個室に強制送還されてしまった。

「光くん、今あなた絶対風邪引いたらいけない身体なんだからね? 中庭も禁止!」

ベッドに縛り付けるかのように点滴を挿し込まれ、しょっちゅう止まりそうになる心臓には何か良く分らない機械を装着させられた。

動けない。

うごけない。

自分でも分かっていた。

体内の何がどうなっているのかまではわからないが、まだ息をして、どうにか身体を動かしていられるのは、自分が必死に足掻いて生にしがみついているからだと。

ピアノが弾きたい。

逢いたい。

歌を聴きたい。

あいつの音楽と俺の音楽を合わせたい。交ぜ合わせて感じ合いたい。

あの声を聴きたい。

身体に触れたい。

……ずっと傍に、いたい。

『光、頼むからもう動くなよ。片岡さんが今すぐそっちに帰るから、それまでは』

「……おまえは?」

『もうすぐしたら打ち合わせ始まるから、それが終われば帰るよ。作業は家でする』

「ん……」

『お前こそ、てっきり中司さんと一緒に病室に居ると思っていたのに……。俺はいやだよ、この間みたいに帰ったらお前が倒れてる、なんて姿……見たくない……怖い』

勝行が自分の負の感情を素直にぶつけてくる時は、本気で怒っている時だ。だからその言葉は痛いくらい、光の胸に突き刺さる。嘘偽りのない、本音の言葉。

「お前……俺が藍と一緒に居たら、拗ねるくせに……」

『え……そ、それは。ちゃんと必要性があって俺があの子にお前の看病を頼んでるんだから、いくらなんでも公私の区別はわきまえてるよ』

「ふうん……」

『あ、打ち合わせ始まる。一旦切るけど、何かあったらすぐに電話して。とにかく無茶するなよ』

「ああ……」

一番言いたい言葉を声に出す前に、プツリと無情にも会話が途切れ、スマホのスピーカーからは通話終了のビープ音が流れてくる。

聴きたかった声は電話越しにこうやって聴けるけれど、手のひらの中が空洞なのが、たまらなく寂しい。

(電話なんて……きらいだ)

遠く離れた双子の弟も。

大好きだった女の子も。

電話をすれば、いつだって会話できるし声も聴ける。

けれど……。触れられない。

(声なんて、幻かもしれない)

音のない世界は嫌だ。

音楽の中にずっと居たい。

そう願い続けて、色んな音が聴こえてくるようになった代わりに、幻聴も山のように聴こえてくるようになった。どれが現実で、どれが幻で、どれが音楽の声なのか。わからないから光はいつも手を伸ばす。その音が現実の音かどうか、存在を確かめるかのように。

だから電話の声は嫌いだ。手を伸ばしても、そこに彼はいない。いないけれど、現実に会話することができているこのトリッキーな状況に、光の思考はいつもついていかない。幻と話をしている気がして、怖くなる。

だからいつも、誰かのすぐ傍に居た。

手の届く場所に居なかったら、手探りで捜して、追いかけて、縋り付いて生きてきた。

子どもの頃は、それが親だった。

病院にいれば、看護師の手でもなんでも掴んで心を落ち着かせてきた。

今は、今の自分が手を繋ぎたい相手は。

ただ一人。

いつも笑顔で手を伸ばして、迷子の自分をここまで導いてくれた、大切な俺の。

相手は光の容体急変を一番恐れていて、誰よりも何よりも、病気の治癒を優先することを望み、毎日毎晩自分の身体に鞭打ち不眠不休でパートナーの分まで働いている。本当は、こんな言葉はただの子どもじみた我儘だ。

だから声には出さない。出せない。

動けなくなった今、待つことしかできなくなったけれど。

ベッドの脇に転がり落ちていた毛布を掴み、そのふんわりとした肌触りを彼の代わりに思うことにしてその中にくるまった。

暖かい感触が、じんわりと身体を包み込んでくれる。

それは彼が背中から抱きしめてくれる感触に、どことなく似ている気がした。

独りは恐い

早く帰ってきて……

俺の傍に、居て。
ずっと。

此処に。

END


診断メーカーのお題「傍にいて」

電話が苦手だという設定は、本編や他の番外編でも何度か登場してます。
その理由について少し触れてるので、ネタバレもあるとはいえ重要な話になってしまったなということで、思い切って公開(^ω^)孤独のオアシスを読んでない方には非常に伝わりにくい話ですが、とにかくネタバレしかないのでお許しください。

執筆時期 2015年

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