2025年あけましておめでとうございます 1月19日関西コミティア72出ます B-46

9話 みなみゆうき/アオイカケラ

あらすじ

大人気アイドルJewelRaysを抱える事務所の若手エリート社長、相楽遥斗(さがらはると)には苦手意識をもつ男がいる。
彼がプロデュースするバンドとBサマーロックで共演することになったが――。
あえて避けてきたのに、どうしても関わらなければいけないらしい。そう、若くしてフリーに転向し、WINGSという新人バンドを引っ提げて業界に戻ってきた天才デザイナー「タモツ」と。

プラチナステージで大舞台を駆け回るJewelRaysの三人と社長、そして彼を支えてくれる恋人との時間を、ゲネプロの日から当日まで追います。プロモーション事務所社長目線の、裏方の物語。

著者:みなみゆうき twitter/WdBLiIFly_yuuki

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 人間誰しも思い返すと恥ずかしい失敗のひとつやふたつあると思う。
 俺の場合はそれに関わった全ての人間の記憶を消し去りたいくらい最悪レベルの失敗で。その内容は普段の穏やかで優しそうな態度を崩さない俺しか知らない人間からしたら耳を疑うものだと思う。

 未熟で青くて。儘ならない想いを抱えていたあの頃の自分。
 粉々に砕いて記憶の彼方に追いやって目を背け続けていたその欠片が、今このタイミングで自分の目の前に差し出されるなんて、夢にも思っていなかった。
 でもそれを無かったことには出来ない以上、しっかりと受け止めて腹を括って自分の過ちを認めつつ、さも自然な態度で大人の対応していくしかないんだよな……。

 ──たとえ相手が俺のことなんて既に覚えていなくとも。やらかした事実に変わりはないんだから。

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 俺の名前は相楽遥斗(さがらはると)。
 業界ではわりと大手の芸能事務所【相良プロモーション】の社長をしている。
 普段はあまり現場には同行しない俺だが、今回は所属タレントである【JewelRays】という三人組アイドルグループが、ネットテレビ局が主催する大規模な夏フェスに参加させてもらえるとあって、会場まで足を運んでいた。

 JewelRaysの出演は明後日の二十六日。今日は全体リハーサルが行われるため、関係者や出演者が全員顔を合わせる機会ということもあり、各方面に挨拶をするために会場となる現場を訪れていたのだが──。

「助けなくていいんですか? あれ、完全に言いがかりでしょ?」

 声を潜めて聞いてくるのはJewelRaysのチーフマネージャーをしている菊地剣士朗(きくちけんしろう)。

 ここはとある女性歌手が使ってるスペースの一角。彼女が楽屋がわりに使っているトレーラーの辺りがやたらとザワついてるなと思ったら。中ではあの人が専属プロデューサーを務めている音楽ユニットが絶賛イビられ中らしい。
 確か名前は【WINGS】。あの人こと置鮎保が大事に育てている二人組。アイドル顔負けのルックスでも注目されてるって聞いてるけど、今まで接点が無かっただけに実力のほどは未知数だ。
 まあ、あの人がプロデュースしている以上、顔だけなんてことはないとは思うけど。

 周りのスタッフの話によれば、挨拶が遅れただの礼儀知らずだのと言ってるみたいだという話だが、おそらく彼女が気に食わないのはそこじゃないんだろうな……。
あの歌姫様。俺と同じようにあの人に引き抜きの誘いをかけてフラれたって話、聞いたことあるし。
 その事実と共に、過去の自分があの人に対して仕出かした所業までもをまざまざと思い出し、若かった自分の過ちを猛烈に反省しながら思わず遠い目になった。

 あの二人がいるってことは置鮎保もここにいるのか? なんか滅茶苦茶気まずくないか?

 どうすべきかひとりであれこれ考えていると。

「で? どうするんですか?」

 菊地に次のアクションを促されてしまった。その目には生温かいものが多分に含まれているような気がしていたたまれない。

「……JewelRaysの挨拶は済んでるんだよな?」
「はい。まりあさんがこちらに到着されてすぐに私と一緒に挨拶に伺わせていただきました」
「そうか。じゃあ、俺は出直すことにするよ。ここで完全部外者の俺が介入するより、事情を知ってる人達で穏便に解決してもらったほうがいいだろ?」

 何か言いたそうにしている菊地を無視し、俺はさっさと周りにいるスタッフに声を掛けると、後でまた挨拶に伺うという旨を伝えてからこの場を後にした。

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 三年前。
 JewelRaysのデビューの計画が持ち上がった時。
 俺はまだ大学を卒業したての何の苦労もしたことのない粋がったお坊ちゃんで。父親の経営する芸能事務所の将来の経営者として、当たり前のように敷かれたレールの上を歩く人生を送るだけのガキだった。
 それでも普段は長年培ってきた外面の良さとそつのない態度で、表面上だけは優秀な後継者として問題なく過ごせていたのだ。

 当時俺が任されていた仕事は、アイドルグループのデビューのために必要な優秀な人材を獲得するというものであり、業界では有名なAVデザイナーだった置鮎保の獲得は、そのメインともいえるものだった。

 しかし結果は惨敗。
 はっきりと自分の進む道を決めていた彼に、俺達の入る余地も付け入る隙もなく、一応話は聞いてもらえたものの、ただ黙って引き下がるしかない状況だった。
 それだけで終わっていればここまで苦い思いを引き摺ることはなかったのだが、あの頃の俺は自分の思い通りにならないことばかりが重なっていたせいで人生で一番荒れていた時期だったこともあり、つい普段被り慣れていた筈のイイ人の仮面が剥がれ落ち、今考えてもどうかしているとしか思えない行動をしてしまったのだ。

 優秀なだけじゃなく、その容姿も優れている置鮎保。
 一見女性かと見紛うような中性的な見た目も相俟って、『枕営業をしている』という噂が絶えず、フリーになってからもその噂はまことしやかに囁かれ続けていた。

 ──それを本気にしてたわけじゃない。

 だけど《どんな形でも縁を繋げれば後で役立つかもしれない》なんて。今考えても正気を疑うような事を考えてしまった俺は、まさか断られるなんて思わずに、気軽にベッドへの誘いをかけてしまったのだ。
迂闊にも噂を鵜呑みにし、仕事の交渉の場に性的な要素を持ち込んだ俺。
 しかし。

『気が向けば誰とだって楽しめるけど、生憎思い上がったガキの相手をするほど暇じゃないわ』

 蔑むような視線を向けながらニッコリと俺に微笑んだ置鮎保のその表情と言葉が忘れられない。

 愚かで未熟で青臭いガキだった俺。
 後にも先にもあんなに後悔した出来事はなかった。
 自分の中に渦巻く想いを本人にではなく、第三者である彼にぶつけようとしていたその浅ましさは、若さ故の過ちというには苦すぎる思い出だ。

 それからはなるべく彼との接点を持たないようにしてきたというのに……。
 ここにきてまさかのニアミス。
 やっぱり人生嫌なことから逃げてばかりじゃいられないってことなんだろうな……。

(続きはアンソロジーにて)

原作

俺には絶対向いてない!
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