更新サイトリニューアルしました!

【SS】ねずみ対策の交換条件

WINGS番外短編集 season1

 高1/12月 WINGS

実家から通いながら、横浜の学校と新宿のスタジオを何度も往復するのは何かと面倒――。親の監視が気になる勝行と、贅の限りを尽くした相羽家本邸の生活に疲れた光は、二人暮らしできる家がほしくて、物件探しを始める。

勝行がどうやらいい物件を見つけたらしいんだけど――


**

 横浜の高校に進学し、しばらくは三鷹にある相羽本家で過ごしていたけれど、通学とライブハウス通いの両立は時間がかかって大変だった。それに使用人や親の目に終日晒されて、やりたいことも堂々とできやしない。
 だからやっぱり学校の近くに暮らそうと決めて、冬になる前に物件を探し始めた。

 どうせなら自室にも楽曲作りをがっつりできる環境を整えたかった。だからあまり周囲に迷惑がかからなさそうな大都会の駅前で、ビルの雑踏に紛れて立ちそびえるマンションを選んだ。

 最上階を選んだ理由は、もちろん沢山ある。
 なのに、オートロックがややこしいだの、上がるのが面倒だの、無駄に広すぎるだとうだうだ愚痴るわがままな相方が約1名。

**

「なんでこんなゴッツイ家……しかも十階とか。ありえねー……」
「景色はいいぞ」
「こ、高校生の、住むところじゃ、ねーだろ……っ……」
「いいじゃないか。金を出すのは俺の親なんだし」
「だからよくねーんだろ!」
「どうせ悪どい儲け方してるんだから、ちょっとくらい息子が無駄使いしても平気」
「……てめえも絶対、悪い大人になる……」

 全く悪びれずに親の軍資金をバッサバッサと使おうとするこの相棒の思考回路が恐ろしい。今西光いまにしひかるは部屋までたどり着いた時点で体力的にも精神的にもくたびれ、玄関でばったり生き倒れた。
 平日の放課後。夕方の薄暗い空と、ひんやりした北風が空気を冷やす。
 だが点検中で使えないエレベーターを恨めしく見やりながら階段を登って来たので、暑くてもう汗だくだ。
 さすがに十階までの階段を上がるのは、病弱の身には堪える。

「ふっつーのアパートでいいんだけど……俺は」
 途切れ途切れの息を整えながら、げんなりとした顔で光は呟いた。
 同様に階段を登ってきたにも関わらず、涼しい笑顔で電灯のスイッチを点ける勝行は息も切らしていない。圧倒的な体力差があった。

「でもそれじゃ、防音設備がないから作曲演奏とか練習ができないじゃないか」
「ならもうちょっと低い階にするとかなぁ……地震とかなんかでエレベーター使えなくなったらどうすんだよ。俺には階段キツすぎるっつーの」
「屋上のヘリポートにあがって、うちのヘリで救出してもらったらどう」
「は? アホか! この金持ち野郎が」

 この間の休日には、二人でいくつかめぼしい物件を見て回った。その時はもっと身の丈相応らしい、2DKのこざっぱりとした学生向けアパートや、昭和の香り漂う古ぼけた集合住宅を見に行っていたはずなのに。
 光が病気欠席した分の補習で放課後居残りしている間に、勝行が一人で見に行って「いいところがあったから、決めてきた」と言う物件は、都心・有楽町にあるとんでもない超高級マンションの最上階だった。煌びやかなエントランスには重厚な自動ドアのオートロックがあり、廊下は高級そうなツルツルの石が床と壁面を飾ってた。車道を挟んだ向かい側には大きめのコンビニやクリーニング屋、飲食店など、生活に困らない程度の店舗が所せましとずらり連なる。その先には自然豊かな広い公園が見えている。おまけに駅からは徒歩十分でたどり着いた。まさに絶好のロケーション。もう既に契約書も交わして、いつでも入居できる状態にまでなっているとか。
 とりあえずこの部屋の家賃の予想ができない。
 自分が想定していた家賃とは桁が違う気がする。
 恐ろしくなった光は、とりあえず思いつく限りの文句を述べてみた。だが今のところすべて正論で論破されている。

「家賃折半、これ絶対無理」
「ああ、俺がここがいいと思って決めたから、折半なんてしないよ。それに賃貸じゃなくて分譲だから家賃はない」
「はあ!? 買ったのかこれ!? てか、お前の親父の金100%だろ!」
「学生の間はね。卒業しても使いたかったら買い取る約束」
「あと二年でこんな家での生活費払えるような稼ぎできんのか!?お前」
「できるよ。それに大学も行くから、六年間は確実に使えるし」
「そういう問題じゃねーだろっ」

 水掛け論にしかならない会話に力尽きた。

「親子そろって金遣いおかしいだろ……俺には付き合いきれねえ」

 光は仕方なしに玄関で無造作に靴を脱ぎ、室内に入る。

 マンションのくせに、幅広くて長い廊下。
 入ってすぐにあるのは個室が2つ。ぱっと見ただけでもそれぞれに大きなクローゼットがあるし、ベッドを入れても余裕がある広さだということが分かる。
 一番奥のリビングは、一体何畳あるのかざっと見回してもわからない。奥に畳スペースのような小さな部屋がついていて、ふすまを解放しながら勝行が「光の好きな和室もあるよ、ほら」と笑顔で部屋の解説をしている。反対側にある大きな掃き出し窓は、見晴らしのいいベランダに繋がっていた。
 つまりは3LDK。あるいはそれ以上。不動産屋で見かけた最も高い家賃の間取りを思い出し、光はため息をついた。

 一般家庭――ともすればそれ以下の生活保護すれすれを生きてきた。勝行とは金銭感覚に雲泥の差がありすぎて精神的に疲れることが多い。

 それでなくても相羽本家の方でも、見ただけでお高そうだとわかる高級家具や調度品にビビりまくって掃除もおざなり。メイドが朝から高級そうな料理を運んでくるし、キッチンも入りづらい。学校から帰ればお手伝いさんがやってきて身をはがされ時に爪を磨かれ、風呂上がりの手入れまでされる王子様みたいな生活が続き、もう精神的におかしくなりそうだった。
 懇願して何とかお手伝いさんのお世話だけはやめてもらったけれど、光はやっぱり自分の感覚で気ままにできる自立した生活に戻りたかった。

 なのに、こんな金持ちの家パートⅡみたいな高級マンションの最上階を選ぶなんて、やっぱり金持ちの息子の考えることは分からない。
 気分的に、相羽家から自立できた気がしない……。
 仏頂面でリビングに入ると、手前の広いキッチンに目がとまる。
 今まで見てきたアパートや実家と違って、明るくて開放的なキッチンだった。なぜか既に冷蔵庫や家電、キッチン用品が取り揃えらえ、いつでも料理できそうな状態になっている。
 台所に視線を移した光に気づき、勝行は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「光、台所がカウンターキッチンでさ、こうやって料理しながら俺と会話できるの。近くていいと思わない?」
「まあ……それはいいけど」
「ご飯作るのも片付けるのも、楽でしょ」
「ああ……まあ……」
「掃除が楽なIHコンロもあるし、大きいし」
「そうだな……コンロが三つ口もあったら助かる」
「冷蔵庫も大きいからいっぱい買い置きできるよ。モデルルームだったから家具と家電は無料でついてきたし」
「えっ、タダ? 家買ったらコレ貰えんの?」
「ご自由にどうぞって言われたよ。ほら、もう火も点くし。今日から料理できるよ」
「……マジで!?」

 さっきまでの不機嫌はどこへやら。光はウキウキで台所の家電やキッチン周りの棚をあさり始めた。無料と聞いたら、急にお得で庶民的な気がしてくるのはどうしてだろう。
 こういう時の光の機嫌とりは心得ている勝行が、にっこり笑顔で提案した。

「今日はここでご飯食べて行こうか。光、作ってよ」
「え? 作るのはできるけど、さすがに材料がないぞ」
「大丈夫。今日の授業中、適当に買ってきてもらってあるから」

 そう言って勝行は冷蔵庫を指差した。その通り、冷蔵庫にはいつの間にやら一通りの食材がぎっしり詰めこまれていた。ああ、あのお手伝いたちに買ってきてもらったのか、と察しが付く。
 光が本家で唯一仲良くなったのは厨房に住みつく料理人だ。彼とはよく美味しくて作りやすいメニューのレシピ話で盛り上がった。その人がオススメしてくれた食材や、光が好きだと話した調味料の一式が所狭しと詰まっている。

 つ、作りたい……。
 使っていいと言われると、腕がウズウズする。

 (たまご、もやしに豚バラ……あっ、こないだあの人が言ってた中華卵炒め作れんじゃん。うわあ、食いたくなってきたぁ)

 一方、冷蔵庫の中に顔をつっこみ楽しげに思案する光を見て、勝行はふふっと悪どい笑みを浮かべている。

「布団とピアノさえ持ち込めば、今日から住めるよ」
 なんなら、今から持ってきてもらうけど、どうする?

 そう言いつつ勝行は携帯電話の画面を開き、片手で電話画面を呼び出す。
 もう料理のことしか考えていないなら、返事はきっと手抜きだ。

「あー、じゃあ頼む」

 はい。陥落。計画通り。

「わかった。光は料理頑張ってね。俺は荷物の手配しながら待つよ。そこにあるもの、なんでも好きに使って」
「んー」

 極上の笑顔を振りまき、カウンター越しに励ましの言葉をかける。既に料理のことばかり考えているであろう、光の返事はおざなりだ。そこはまさに勝行の計画通り、だったのだが。
 ふと振り返ってこちらを見た光は、ものすごくうれしそうに破顔する。
 それから「サンキューなっ」とカウンターに体重をかけ、勝行の頬に唇を押し付けた。

「……っ」

 久しぶりに不意打ちのキスをされて、勝行はちょっとだけ顔を赤くした。だがここでは文句も言いづらい。せっかくの機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。

 学校と実家に居る時は誰が見てるか分からないからキスはやめてと頼んでいたが、これからこの家では二人きり。当分は護衛やメイドの世話になるつもりはないし、ここでの生活に慣れて調子に乗って来たらキスの頻度が上がるのは確実だろう。
 光は挨拶する時だけでなく、楽しい時、嬉しい時、テンションが上がってきた時にもなぜかすぐキスをしたがる。今日みたいに頬であればまだ許せるが、時々唇をがっつり奪われてしまう。あれは人前では本当に困るのだが。

(……まあいっか、これで家に対する文句はなくなったし)

 アレとの遭遇と、光とのキス。比べるなら、アレの方が耐えがたい。
 苦手なアレを回避するための人身御供だと思えば、キス魔に唇を捧げるくらいは平気だ。そう思うことにした。

 光が自分の金銭感覚で選んだ部屋はどれもこれも古臭くて、どう考えてもアレが出そうな空間だった。できれば新築で、向こう二十年は奴の姿を見なくて済むような、綺麗なところに住みたかった。
 いつか本当の理由に突っ込みが入るかなと思いつつ、勝行は携帯電話の電話ボタンを押下した。

「……もしもし。ああ、片岡さん? 僕の引っ越しセット、今日中によろしくお願いします。光の分も適当にまとめて持ってきて」

おしまい

SHARE:
新作チェックはSNSフォローが便利です
最新情報をお届けします
あなたへのおすすめ